あるきっかけがあり、私も「優しくなろう」と心に決めてから2週間ほど経った頃のMaoちゃんのブログ。
「おー、分かる!分かるよー!!」とウンウン頷きながら拝読いたしました。
そして、みっちゃんの私信も。「そっかー。そうだよねー!!」とフムフム噛みしめながら。
甘えん坊と聞かん坊をくり返しつつも、日々たしかに成長している我が子。
ということは、その依存と反抗は成長の一過程であって、むしろ愛しむべきものなのかも?
そう考えると、がぜん楽しくなってきました。
優しいまなざしをもって、「いつでも手を差し伸べてあげるから、どうぞかかってきなされ!」と思えるようになりました。
我ながら、ちょっぴりフトコロが深くなった感じカナ。
ちなみに、私の意識改革のきっかけの一つも、実は「日々生き」メンバーとの編集会議。
次回のネタバレになってしまうので詳しくは書きませんが、お題は「育児に関する本」。
かつて、私は読むことが好きでした。本も雑誌も新聞も論文も。
特に研究者の真似事をしていた頃は、他の研究者の論文を寸暇を惜しんで読んだものです。
インプットするものが多ければ多いほど、自分の研究にも活かされる。活かすべきものを見つけられる。
読んだものを自分の中で熟成させることによって、その先の研究に重みが加っていく。
それが今の私は、、、読むことから遠ざかっていました。
子どもと四六時中一緒にいたら本なんて読めないよー、と。
たしかにその通りなのですが、今は夜中に少しずつ本を開くようになりました。
お恥ずかしながら、その編集会議にて、宝の持ち腐れになっている本の存在が判明したということもあり…(汗)。
意識的に読むようになって、かれこれ一か月くらい経つでしょうか。
今までは、「夫が娘を甘やかす役だから、私は厳しいくらいが丁度いい」と頑なに考えていましたが、確固たる想いをもって「やっぱり優しくいこう」と決めました。
その想いを実践へと後押ししてくれるものが、眠っていた本の中に散りばめられていました。
移住への準備期間として、これから家族が離れ離れに暮らさざるを得なくなる我が家。
今までのような役回りだと、お父さんと離れてしまったときの娘の心の拠り所がポッカリ無くなってしまうのではなかろうか。
それでなくとも、本格的に移住するまでの期間中、環境が何度か変わることによる不安もあるだろうに。
そう考えたとき、母親として娘が安心して依存できる存在であり続けたいと思ったのです。
まだ2歳2か月の我が子。どんなに愛していたとしても、厳しいだけじゃ想いは伝わらないよね、きっと。
いつでも両手を広げて優しく受け止めてあげるからね!お母さんも!