新しい日々ー移住ノオトー

2012年6月28日 / 思い。

文章を書くということ/私信。

 

 

人間は何歳くらいから

将来○○になりたい!と

夢を抱くようになるのでしょうか。

私の場合、幼稚園の年中の頃の夢は

カウボーイ(すでに性別を無視している…)、

年長になると幼稚園の先生。

この1年で、夢見がちだった少女が

ちょっと現実的な世界へ

足を踏み込んだことが想像できます…。

でもって、小学校卒業のころは

アフリカに行きたい、と…。

野生動物にたくさん会うんだ!と

卒業文章に書いてあるのを見ると、

小学校6年を経てまた夢見がちな少女へと

逆戻りしていると読み取れるのでありました。

 

 

話が逸れました。

 

 

私の母は私と同じ編集者です。

本を読むのが好きだった母にとって

編集の仕事に就きたいと思うことは

自然の流れだったのでしょう。

一方、私はというと…

本は好きだったけれど、決して本の虫とは言えず、

いや本を読むより外で遊ぶ方が好きだったし、

作文で優秀な何かをもらったこともなけければ、

読書感想文!?めんどくさーい!と思うような

人間だったと思います。

(ん? 今も変わってないか?)

そんな私がまさか編集者になって、

ときどき文章も書かせてもらって

さらに今じゃ日常のことを綴ったものを

こんなふうに読んでくださっている人がいて。

不思議な気持ちです。

文章を書くのが得意なわけではないけれど、

文章を書くのに抵抗がない。

それはなぁぜ?と考えてみました。

 

 

母のおかげだ、と気づきました。

誰かの誕生日のときには必ず、

母は手づくりのカードを作っていました。

そこにメッセージを書いていた母に、

私も書くようにと言われたとき、

母の書いたメッセージを横目で読んでは

ほぉーとなっていたように思います。

いわゆる決まりきったお祝いの言葉ではなく、

ちゃんと母の言葉で書いてあったから。

文章を書くということは、

その人そのままで書けばいいんだ、と。

格好つけること誇張することもなく

ましてやお手本通りなんかじゃなく、

自分自身の思ったことを書けばいいんだと、

自然に学ぶことができました。

たくさんお手紙、書いたからなー。

当時は、はい、ここにメッセージを

書いてね、と言われると

ちょっと面倒くさいと思うこともあったけれど

今はとても感謝しています。

 

 

今日は母が私を生んでくれた日です。

日付を超えるぎりぎりで書けました。

母に心から、ありがとう、を!!!

 

 

そんなことを考えていたら、

母と父と、その母と父を生んでくれた祖父母と、

弟と、親戚のみんなへ

感謝の思いが止まらなくなりました。

ずっと実家周辺をうろちょろ住み続けた私にとって、

初めてみんなと離れて過ごす誕生日。

それでも、

遠いけど近い、そんな気がするのです。

 

 

 

 

ママは今、大事なお手紙書いてるのよ、というと

ちゃんと理解してくれる娘にも、

文通で芽生えた恋の相手…

夫にも心から感謝しております。

 

 

 

 

この度はまったくの私信的ブログ、

どうかお許しください!

 

 

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