新しい日々ー移住ノオトー

2016年12月29日 / 思い。

調和ある美しいリズム。

 

 

 

ただいま縁あって

オイリュトミーのレッスンを受けている。

 

 

 

 

聞きなれないけれど

どこか優美な響きがする、

このオイリュトミーという言葉は

ギリシャ語で「調和ある美しいリズム」を

意味するそうだ。

言葉と音楽と動きを結びつけて

そこに命のリズムを吹き込む

動きであり芸術。

「あ・い・う・え・お」を表現し、

空間を感じ、空気をまとって手放して、

体の中を空っぽにしてまた満たして。

そういうことを体の中でして、

体の外側でも動かしながら表現する。

ダンスのようでダンスでない。

 

 

 

 

講師である秦先生の言葉はとても深い。

例えば「人はね、皆、元々は丸だった」って。

「丸を意識しながら動いて」と言われる。

そういえば、子宮の中も丸くて、

その前の核も卵子も精子も丸くて、

ミトコンドリアも分子も丸い。

だけど、みんな丸であることを忘れ、

現代では前後にぺしゃんとなったり、

左右でぺしゃんとなってしまっている。

そい言われて眺めた私の身体は

(実物は丸いけど)ぺしゃんこだった。

 

 

 

 

今日は3が大事だという話があって

「例えば陰陽は2つと思うけれど、

でも陰と陽の間があるんです」と

おっしゃっていた。

そうだ。

グレーの部分ってあるんだ。

 

 

 

12月、宮崎に単身戻ったときに

来年の4月を目指して

宮崎に自由な学校を創る会

サドベリースクールの

創立準備を進めている友と会った。

夜に2人でごはんを食べならが

閉店ですと言われるまで

こどもや学校のことをたくさん話をしたのだ。

そこで、こどもの「自由」、

いや人間の「自由」ということについて

ドンっと課題を与えてもらって

考えるきっかけをもらった。

自由ってなんだ?

自由って基本的人権だ。

私はこどもを自由にしているか

(否、拘束している)。

なぜ自由にしないのか?

親ってこどもの何なのか?

 

 

 

 

うちは、食べ物を選ぶ自由を

こどもに許していない。

おもちゃを選ぶ自由も。

ときに洋服を選ぶのも、だ。

 

 

 

 

私って、すごくこどもを支配している。

 

 

 

 

こどもの気持ちになったときに

こんな親、どうなのか。

好きなものを選べないこどもの

「諦め」「恨めしさ」「悲しみ」などの

心の不健康さ。

そうそう、友も、ここを言っていた。

身体の健康はあっても

心の健康はどうなのか、と

(これ、友が言っていたこと)。

 

 

 

 

 

 

うーーーーーーーん。

 

 

 

 

 

明確な答えは見つけられていないし、

何がいいのかわからないけれど、

陰でも陽でもなく

黒でも白でもなく、その中間。

そのグレーなりに、

これからも自由について考えていく。

私も自由が好きだから。

 

 

 

 

「調和ある美しいリズム」

目指すのはここだなぁ。

家族みんなで奏で合って、

我が家流の調和を生み出して

それが自分たちなりに

美しく心地よいリズムであること。

善悪よりも

楽しくて心地いいことを

やはり選んでいきたい。

 

 

 

 

考えるきっかけをくれた

Eちゃん、

そしてともにサドベリースクールを

創るために動いている

Rさん、Jちゃん。

3人がとても好きだし、

なんかとっても希望。

私は同じ学校にはいないけれど、

でも。

 

 

 

 

今日は2016年最後の新月だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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