新しい日々ー移住ノオトー

2017年3月7日 / 思い。

“だけ”にならない。

 
 
 
 

 
 
 
 
 

私の中には悪がある。

善と悪が入り混じって構成された人間だ。

夫もこどもたちも同じだろう。

聖人と名高いマザー・テレサにも

陰の部分があったと思う。

善だけではない。悪だけでもない。

 「陰陽」という言葉の通り、

人も世の中も宇宙さえも

「陰と陽」で成り立っているのではなかろうか。

 
 
 
 
 

陰を見ないように生きること。

(陰を大人に隠されて生きること)、

悪は悪であると思い込んで生きること

(親にそう思い込まされて生きること)、

正義が正しいと信じ続けること

(正義しか認めない社会であると教わって生きること)。

これってどうなんだろう、

と自分に問うてみる。

 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

善も悪もひっくるめて認めるのがいい。

どちらかだけを褒め称え

どちらかだけを否定したり蔑んだりするのは

もうやめたいなと思う。

こどもに対しても同じ。

すごいところもどうしようもないところも

全て否定せずに、

丸っと愛していく。

だって自分だって、

とてつもなくどうしようもない人間だから

(そもそも「どうしようもない」という視点も

全くもって私視点であって、

他の人から見たら

「すごいところ」なのかも知れない)。

母になって7年。

テーマはひたすら

“「だけ」にならない”だ。

 
 
 
 

 
 
 
 

例えば。

我が家の食事は基本的には

ご飯とお味噌汁におかずの和食。

おやつ用のお菓子はあまり買わない。

食べ物はオーガニックショップで

買うことが多い。

これが我が家の基本。

ただし、こどもたちはお友達の家に遊びに行って

いつもは食べないようなお菓子を食べたり

甘いジュースを飲むことも、

私はこどもたちが寝てから

ポテトチップスをぼりぼりと

食べたりもする。

だって友達とお菓子食べたり

ジュース飲んだりするの楽しいし、

余計においしく感じたりするもの。

youtube観ながらぼりぼりするのも

やっぱり楽しいしおいしいもの。

基本の食事からは外れるけれど

基本がきちんとしていれば、

時には羽目を外したって

いいんじゃないかという考えだ。

こどもたちには

世の中にはいろんな食べ物があること(陰陽)、

私が食べて欲しくない食べ物(陰)があること、

なぜ食べて欲しくなかの理由も伝えて、

でも食べるか食べないかは(時に)委ねる。

楽しさや喜びから

陰が陽に勝ることだってあると思うから。

「預かりし命だから、

基本の食事で私はあなたたちの体を

きちんと整えます(私の勝手な考え)。

でもあなたは私ではないということも

よく理解しています」って感じに。

 
 
 
 

 
 
 
 

それでいいんだって思えたのは、

宮崎デモクラティックスクール

「にじのりずむ」を運営する友人たちとの

おしゃべりがきっかけ。

近々、彼女たちとの雑談模様を

アップ予定なのである。

“だけ”じゃない彼女たちの発言がおもしろかった!

 
 
 
 

(追記:このような記事を発見。

私がうまく書けなかったことを

樹木希林さんがさらっと言葉にされていた)

 

 

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