土田妙子氏講演 「本当の生きる力ってなんだろう」
「みなさんこんばんは。今日は宮崎まで伺うことができ、山々に囲まれた自然いっぱいの中、なんだか気分がとても良くなりのんびりしてしまいそうです。
私は『子供の部屋保育園』を東京で開園して今年で40年目に入ります。保育園を開園したのはどんな理由かというと、保育園が少なかったとか、必要とされているとかの理由ではありません。当時乳児院や公立の保育園などの職場を経験し感じたこと、それは、あまりにも私の子供時代と違うという現実でした。管理的で自由がない。どの職場でも息苦しさを感じたのが一番の理由です。
例えば、1歳、2歳児の排泄に関しても、トイレトレーニングとの理由で出るまで座る。また、午睡時間のプログラムだからと、目覚めていてもベッドの中にいなければならない等々で、子どもをもっと自由に、もっと活き活きと生活させたいと肌で感じたのが始まりです」
●子どもの力が弱くなっているのを感じています
「保育園を開園して40年ほどになりますが、昔の子どもたちは食べることへも意欲的だったし、遊ぶのも部屋にいつまでもいないで、年がら年中外で遊んでいました。本当にパワフルだったなと思います。
年々子どもたちの力が弱まっていると感じるのは、赤ちゃんの泣き声が弱々しい、しっかり目が合わない、おっぱいの飲みが悪い。ハイハイの時期がほとんどないまま立ち上がってしまう。(ずり這い、六つん這い、四つん這い、しゃがむ、立つ、の行程を経ずに、つかまり立ちしてしまう)。昔はどの子もザッカザッカとハイハイしていましたよ
でもね、今の子どもも元気なものを持って生れてきていると思うんです。ところが大人が弱くしてしまっている。生きる力を奪っていると思うんです。
例えば、泣くと困るからと(大人の都合)でおしゃぶりをくわえさせたり、お腹の中にいる時から家では明かりがこうこうとして、テレビもついているという環境。食べ物は甘いものを好きなだけ食べ、食品添加物がたくさん。世の中の空気は悪く、子どもの力を奪う要因が山ほどありますよね」
●力を取り戻すために
「今、子供の部屋保育園では、弱くなってしまっている子どもが、生まれた時に持っていた強さをいかにしっかりと自分のものとして取り戻すか、そのために一生懸命取り組みしています。それは日々の食生活を正すこと、生活リズムを整えること、人と人との向かい合いを大切にすること、身体のゆがみをとってあげること。
食事は無農薬のもの、健康的な生きたものを食べさせています。死んでしまった白米ではなく、生きている玄米や五分づきを食べる。命を食べて生きるのだから、野菜でも魚でも生きたものを食べさせたい。
早寝早起きの生活リズムは何よりもの条件。早起きして午前中元気に動き回るのが大事です。『遅く寝ても朝ゆっくり寝かせたら睡眠時間は同じではないか』と思ってしまいますが、全然そんなことはない。夜型の子は午前中ぼーっとして体が重くて、元気に動けません。楽しそうにはするけど、中から噴き出すようなエネルギー出てこない。自分から出すエネルギーが出てこない。受身、受身で、やってもらうからやっているという程度です。中から湧き出す力がないと本当のエネルギーといえない。受ける力だけでなんとかしようと思っている子どもはいつも依頼するんです。自分でなんとかしようとしない。どんどんそんな風になってしまうので、何か問題が起こった時には、自分を省みるのではなく誰かのせいにする。睡眠不足はそこまで、子どもの気持ちの変化まで出てきます。
人と人との向き合いについては、昔は生活は苦しかったけれど、人と人とがすごく密着していました。今は携帯電話、パソコン、メール、フェイスブックなどあるので、人と人が面と向かって関わり合うことが少なくなっています。人との関わりが音声だけになってしまい、こうやって(講演会のように)一緒に話すことがなくなってしまったことから、子どもたちも関係が薄くなってしまっている。だからこそ、保育園では毎朝保護者が子どもたちと触れ合う時間を意識的に作っています。子ども同士、子どもと大人とがたくさん触れ合って暖かさを感じてほしい。
それから、身体のゆがみを整えるために、ロールマットやリズム遊び(『さくら・さくらんぼ保育園』の斉藤公子さん=故人らが考案)などを取り入れています。ゆがんだままで大きくなってしまうと、しんどい体のまま持ちこたえていかなくてはならない。それでは先々、色々なところにひずみが出てきます」
●「生きる力」って何?
「では生きる力ってなんでしょう?
子どもが本当に一人前になって、自分で自分のことをしっかりと考え、これから先、自分の力で考えて生きていく力。それって、これとこれをやればいいんですよ、というものではなくて生活の中“全て”なんです。
例えば遊んでいる中で「それって力を取っていない?」ということがありませんか? 過保護、過干渉は子どもの力を弱まらせてしまうこと。「この遊びはやり過ぎではないか」と悩むときもあるかもしれないけれど、まずは子どもを信じること。ここまでしても大丈夫って信じる力を親が持つことです。
普段の生活の中でも、保育園でたくさん身体を動かして、自然の中で遊んで、自由な時間を保障しても、家に帰って親が「保育園ではいいけど家ではダメ」となってしまうと、結果的に子どもは大人の顔色を見るしかなくなってしまう。顔色を見て生きなければならない、それだけで、もう“弱さ”です。どこででも同じ雰囲気で生きられて、何か意見を言われた時に、自分はこう思うからこうやったんだ、と言えるところまで育てるのが小学校の9歳まで。9歳でそこが育っていれば、どこへ行っても怖くないです。
でもね、ほとんどの子は言えません。オドオドと大人に何か言われないようにかいくぐって生きて、言われないところで好き放題やるか、ストレスをためて家で我儘を言うか、ある程度大きくなってから爆発するか。そういう育て方はしたくない。ある程度の年齢になった時に上手に自分の考え言えるような子どもにしたいですよね。そのためには親がそういう環境を作ってあげなくてはいけないんです。親が自分の気分だけでああだこうだと子どもを“操作”しているようでは、本当のフェアな意見を言えるような人間にはならない。“生きる力”ってそういうことだと思います」
●乳幼児期は神経系の発達が目覚ましい時期
「0歳から6歳までは神経系の発達がすごく目覚ましい時期。その時期に発達しなかったら、その後はものすごくゆるやかな発達しかない。その時期にだけ、“持って生まれた神経と神経が繋がる”ということがあると言われています。それをたくさん結ばせてあげればあげるほど神経系が発達して上手に動ける、上手に色々なことが考えられる人間になると考えています。
そのために何をするかというと、生活リズム、食事、向き合い、リズム遊び、体を動かす、外でいっぱい遊ぶ。外で全身を使っていっぱい遊ぶことで子どもは育っていきます。その辺を大事にしてあげてください。
外での遊びも「何しましょう」と指示しながら遊んだらもう力がなくなってしまうんです。自由な遊びの中に、楽しく、子どもが中から湧き出してくるように、自分で考えたように遊びが展開していくということが大事です。ある時は今日みたいに川に投げ込んで全身びっくりさせるような神経の働きがあったり、時には夢中になって遊んでいる姿があったり。夢中になってこちらも付き合う、または夢中になって一人で遊ぶことも力になっていきます。そういう遊びも大事にしてもらいたいなと思います」
●お母さんとお父さんの違い
「人と人との向かい合いについて少し補足のお話しをします。お父さんとお母さんの違いについて、です。本来、お母さんは優しい存在で、お父さんは怖い存在でした。でも今は怖いものがない世の中になってしまっています。悪いことをした時にはお父さんがガチッと怒って、人間としてのルールを教えるような関係をとりもどす必要あると私思います。
子どもと母親との繋がりはどうしても父親にはできないもの。お腹の中に10カ月いた子だから、やっぱり母親との繋がりは大きいですよね。だから母親がその代わりを父親に託してしまったら、もう子どもは何を頼っていいか分からなくなってしまいます。お父さんは支えてもらう存在で、お母さんは愛してもらう存在だから…。常に全て受け入れてくれるっていうのが母親ですよ。あまり“受け入れ”ができなかったら、その子どもは愛情不足で気持ちが塞いでしまいます。お母さんは子どもとの繋がりを大事にしてほしい。
昔のお母さんはそのあたりは無条件でできていたかなと思うけれど、社会進出してからは女性が「男性がやっても大丈夫でしょう」となってついついお父さんにいろんなことをお願いしてしまいますよね。でも保育園でも確実に結果が出ているんです。以前、お父さんがお母さん役をして、お母さんがお父さん役をしている夫婦がいらしたのですが、子どもが3人できてからお父さんがとても大変になって、「無理だな」と交代になったのです。そうしたら、それまで寂しい雰囲気だった子どもの顔がコロッと変わったんです。お父さんとお母さんが仕事を逆転したら、見事にコロッと。母親がいない場合はどうしようもないですが、いるならお母さんには母親の役割果たしてもらいたいなと思います」
●昔の生活、昔の子育てを見直すこと
「子どもが変わったのではなくて、時代とともに大人が変わり、大人が過ごしやすい生活になっていることで、どんなに子どもたちに過ごしにくい時代になっているか。子どもたちを見ていてそう感じています。皆さんも今日のお話しから感じていただけたのではないでしょうか?
ですから今、もう一度昔の生活に戻した方がいいのではないか、と思っています。それにはお父さんお母さんがものすごく高く意識を強く持って、「何が子どもを弱くしているのか」をはっきりした形で知ることが大事です。
それから、核家族が多くなってお祖父ちゃんお祖母ちゃんから教わることが少なく、何をどうしていいか分からない状態が多くなっている時代。もう一度昔の子育てを見直して、今日のように集まって皆がお互いに伝え合うことが大事ですよ。今日はありがとうございました」
(7月30日、宮崎県国富町の結の宿にて)
当日は30人ほどが集まり座敷で車座になって講演に耳を傾けました。その後、参加者それぞれが疑問、感想や、子育てで悩んだ時にどう考え工夫してきたかなどを語り合う時間となり、こちらも大変貴重な情報交換の場となりました。